すごいぞ 関東平野

関東平野の興味深い地形を、webGISとOSINTで解説。This article explains the interesting topography of the Kanto Plain using webGIS and OSINT. ポットキャストもやってるよhttps://open.spotify.com/show/033lAMxWT1GxulEPpc31We

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【灘五郷】日本酒造りに都合が良すぎる「地形と地質」とは?──下

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【つづき】

 前回、「灘が天下を取った理由」として「宮水」だけでは説明できないことを紹介しました。

 では、灘の躍進を支えた本当の主役は何だったのでしょうか。

 

 山田錦?  誕生は大正時代ですよ……

 丹波杜氏? ほかの摂泉十二郷にも出稼ぎに行っていたでしょうね……

 

 その答えは、六甲山地が生み出した「水力エネルギー」の活用……端的に言うと、ズバリ「水車精米」です。

 灘の背後には、急峻な六甲山地が控えています。最高峰の六甲山は海からわずか7kmですが、標高は931mにも達します。

 そんな六甲山地から大阪湾に注ぐ急流。これを活かさない手はありません。現代の感覚では見落としがちですが、蒸気機関もモーターもない時代の水車は、重要なエネルギー源。酒造業が盛んになる前から灘では、急流に水車が何輌もクルクルと回っていたのです。

灘の水車の分布図:桃色の半円は水車(地理院地図、今昔マップを加工)

 明治43年の古地図を見ると、都賀川、住吉川、芦屋川の標高400m以下には、水車の地図記号が多数見られます。

 また、「水車新田」「七輌場」「八輌場」「寒天山」「水車谷」といった水車にゆかりのある地名も読み取れます。

(水車を数える単位は「輌」、寒天は製造工程で水車を使用)

 そう、水車はエネルギー源であり、六甲山の南斜面は、現代のエネルギープラントのようなものです。

 大事な水車にまつわる争いの逸話も残っています。さっきの分布図にも書きましたが、土樋割峠で起きた事件です。

川の流量が減った?(AIイラストだよ)

川の水が盗まれていた(AIイラストだよ)

数百mの配管で盗水可能な地形(地理院地図を加工)

 住吉川から無断取水し、土樋で峠を越えた芦屋川に流域変更していた、という事件です。住吉方は見つけた土樋を破壊しますが、壊された芦屋方は大坂町奉行に訴えました。

 

 と、このように古くから使われてきた灘の水車ですが、もともと江戸時代以降に栽培が盛んになった菜種から油を搾るためのものでした。

 水車の威力は凄まじく、人力では到底かなわない量を搾れるため、灘の搾油業は急速に成長します。しかし、これでは既存の業者は太刀打ちできません。有力だった大坂の問屋組合が圧力をかけると、次第に灘は搾油から撤退しました。

 つまり、それほど灘の水車は強力だったのです。

 

 そこで次に精米を始めます。水車精米は、従来の足踏み式と比較して、精米量も精米歩合も大きく向上できました。

 一説では、従来の足踏み式では八分づき(ぬかの8割を除去)が限界だったところ、水車精米では精米歩合72%まで米を磨けたそうです。現在の吟醸酒にかなり近いですね。

 そして、飢饉の度に汲水割合が増すことと相まって、灘の酒質は濃醇から淡麗へと変化し、これが人気を得たのです。

 精米量の増大は、清酒の大量生産を可能にしました。醸造用の桶といった道具類も大型化し、ほかの醸造地では20石程度であったものが、西宮では30石となっていました。

 

大量生産体制を確立した灘と六甲山(AIイラストだよ)

 水車の生み出す莫大なエネルギーによる大量精米、大型の仕込み桶、搬入搬出に便利な海辺の酒蔵……そう、灘は江戸時代にして既に「臨海部の巨大な食品コンビナート」だったのです。大量の製品は、酒運搬専用の樽廻船で速やかに巨大消費市場・江戸へ出荷されました。

 この大量生産体制を確立した、今津郷、西宮郷、魚崎郷、御影郷、西郷は、1886(明治19)年摂津灘酒造組合を設立します。これが、「灘五郷」の由来です。

 

 伊丹が日本酒のイノベーターなら、灘はスケーラーと言えるでしょう。

 優れた技術を発明したというよりは、優れた商品を大量生産できる仕組みを作ったのです。

 

 灘が天下を取った理由は、大量生産にとってあまりにも都合が良すぎる地形と地質があったから、でした。

 

(関連記事:流域変更の恐怖とは)

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(参考)

・清流への道(中)産業育んだ水車が点在 | M's KOBE - 神戸新聞NEXT

・[西宮ペディア] 水車精米と仕込み技術の進歩 – 西宮流 (にしのみやスタイル)

・灘酒研究会 水車精米 | 灘の酒用語集

・水車を未来につなぐ会

・「六甲山住吉水系の水車・水車杜氏の一考察:酒造精米水車の歴史地理的スケッチ」藤原繁 兵庫地理1983年第3号https://da.lib.kobe-u.ac.jp/da/kernel/90002363/90002363.pdf

・精米の歴史 江戸時代編 | 酒ミュージアム(白鹿記念酒造博物館)

・酒文化研究所 -酒文化アーカイブ-

【灘五郷】日本酒造りに都合が良すぎる「地形と地質」とは?──上

 前回、江戸時代初期に伊丹酒が天下を取った理由を紹介しました。

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 優れた醸造技術、格式高いブランド、良い仕込み水、そして江戸への物流動線。

 これだけ条件が揃っていた伊丹酒ですが、江戸時代後期になると主役の座を新興勢力の「灘」に奪われます。

 1698(元禄11)年の灘の清酒生産量は、畿内全体の約1%(酒造米高で1,200石)程度でした。しかし100年も経たない1784(天明4)年には、江戸に運び込まれた酒の40%(約30万樽)を灘酒が占めるようになりました。

 一方で、伊丹のシェアは12%まで低下。巨大市場の江戸で劣勢となった伊丹は、次第に販路を京都や大坂に縮小せざるを得なくなりました。

灘はなぜ既存の銘醸地を圧倒できたのか(AIイラストだよ)

 では、なぜ灘はここまで強かったのでしょうか?

 地図を眺めると、灘はまるで酒造業に特化するために与えられたような土地でした。

 機械を動かす「エネルギー」、酒造に最適な「水」、そして工場直結の「港」、そして原料輸送のための「専用軌道」まであったのです。さらに大量生産に特化した樽づくりまで……

 例えるなら、酒造のための「臨海工業地帯」と言ったところでしょうか。現代の工業地帯に求められるような条件が、灘では江戸時代に高い水準でそろっていたのです。

 

 

※臨海工業地帯にあって合理的動線でグレーンウィスキーを大量生産している蒸溜所

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 さて、ここで「灘」について少しおさらいしておきましょう。

 

 前回紹介した大坂近郊の銘醸地「摂泉十二郷」。

 江戸時代初期は旧九郷だけでしたが、1700年以降になると新三郷が酒造業に参入し急成長を遂げます。

 現在知られる「灘五郷」は、維新以降に上灘(西郷、御影郷、魚崎郷)、今津郷、下灘に代わって西宮郷を加えた範囲を指します。

灘周辺の概要図(地理院地図を加工)

 では、こうした灘の躍進を支えた原動力は、何だったのでしょうか。

 ここで日本酒好きなら、こう思うかもしれませんね。

 「宮水の発見だろう?」

 西宮郷には、地下2~5mを流れる浅層地下水「宮水」があります。阪神高速の建設や阪神電鉄高架化の際は、宮水に影響が出ないよう施工されるほどの醸造用水です。

宮水の概要図(地理院地図を加工)

 「宮水発祥の地」を中心とした狭い範囲に、酒造メーカーの井戸が集中しています。

 宮水地帯の北側はかつて入江が広がっていました。貝殻が堆積した層を通過した法安寺伏流と札場筋伏流には発酵を促すミネラルが豊富に含まれます。また溶存酸素が多い戎(えびす)伏流は酒質を落とす鉄分を酸化鉄として沈殿させます。

 こうして宮水は、醸造に最適な水となったのです。

 「宮水の発見」以降、灘の酒蔵はこぞって宮水を樽詰めし、西宮港から酒蔵まで船で運びこみ、仕込み水としました。

 宮水を重要視していたことが良くわかるインフラも。宮水地帯と西宮港を結んだ専用軌道「板石道」です。樽を積んだ大八車がぬかるみで往生しないように、石をレール状に敷いた輸送路でした。

板石道の効果:白鹿記念酒造博物館にて復元されている(AIイラストだよ)

 なるほど、灘の成功は宮水が理由だった……と言いたいところですが、そんな簡単な話ではありません。

 実は、「宮水の発見」は江戸時代末期の1837(天保8)年。明治元年のたった30年前です。灘酒の品質向上に宮水が大きく貢献したことは間違いありません。しかし、「なぜ灘が天下を取ったのか」という問いへの答えとしては、時系列が合いませんね。

 では、灘の躍進を支えた本当の主役は何だったのでしょうか。

 その答えは、灘の「都合が良すぎる地形と地質」の中に隠されています……たぶん。

【つづく】

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(参考)

・「近世灘の江戸積み酒造業」(石川道子)https://www.city.kobe.lg.jp/documents/60534/tokusyu-nadanosyuzogyo.pdf

・江戸時代の灘酒造業|灘の酒造り ←灘の優位性をペライチで

・[西宮ペディア] 水車精米と仕込み技術の進歩 – 西宮流 (にしのみやスタイル)

・酒文化研究所 -酒文化アーカイブ-

・GI灘五郷 | 灘五郷酒造組合

・宮水保全のための調査対象区域図について(西宮市役所)https://www.nishi.or.jp/bunka/kanko/jyourei/chousa.files/chirashi_chosa202408.pdf

・宮水の最近の動向(灘酒研究会水部会)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan1915/62/2/62_2_99/_pdf

・西松建設技報 VOL.36「灘五郷の酒造に使用する名水『宮水』流域での地下掘削工事の施工報告」https://www.nishimatsu.co.jp/solution/report/pdf/vol36/g036_08.pdf

・法安寺|西宮市の寺院|永江建築設計事務所 ←「沢の鶴」の専用井戸は、移転前の法安寺の土地だったらしい

【10月1日】灘より前に天下を取った街──なぜ伊丹が「酒都」だったのか【日本酒の日】

ムス○大佐…(AIイラストだよ)

 10月1日は「日本酒の日」です。

 秋は、日本酒に合う食材が出回るので、一献傾けたくなりますね。同時に、酒蔵に新米が届き、酒造りを始める季節です。

 かつての酒造年度は10月1日〜翌9月30日でした。このことから1978年、日本酒造組合中央会は10月1日を「日本酒の日」と定めました。

 

 そして日本酒の歴史について語るなら、必ず一度は立ち止まる場所があります。

 兵庫県伊丹市、大阪平野の北西部に位置する郊外都市です。

 しかし、かつてここは日本の酒文化を決定的に変えた場所でした。

伊丹市はココ(地理院地図を加工)

※伊丹市に関する別の記事

 社長電撃辞任、前期減損6300億円……

amazingkantoplain.hatenablog.com

 なぜ、伊丹は銘醸地として栄え、その後はシェアを落としたのか……今回はその理由を解き明かしてゆきたいと思います。

 「日本酒の日」にふさわしいネタでしょ?

 

■なぜ伊丹は銘醸地となったのか

 戦国時代に奈良の寺院が作っていた僧坊酒が衰退すると、酒造業は大坂近郊の「摂泉十二郷」で盛んになりました。

 現在の代表的な銘醸地と言えば、真っ先に灘五郷を思い浮かべる人が多いと思います。もちろん灘も摂泉十二郷の範疇です。

 ですが、ここでひとつ重要な事実があります。

 江戸時代中期の1700年頃まで、現在の「灘五郷」のルーツとなる「新三郷(灘目三郷)」は酒造業に進出していません。

 1660年時点の酒造株(幕府発行の製造許可証)の取得者は池田、伊丹、西宮、大坂等、旧九郷の酒造家たちです。

▲をまとめて「北在」と呼ぶ(地理院地図を加工)

 ではなぜ、群雄割拠の旧九郷の中で、伊丹酒は高いシェアと評価を得られたのでしょうか。

 

 まず、技術力に裏付けされた品質です。

 杜氏による寒造りの採用、木灰清澄法による沈殿、木綿布ろ過により、辛口(糖分が少なく傷みにくいので、長距離輸送に向く)の清酒醸造が可能となりました。

 伊丹市鴻池は「清酒発祥の地」とされ、「丁稚が腹いせに灰を投げ入れたら透明な清酒が生まれた」という「鴻池伝説(木灰清澄法)」が伝わっています。「信じるか信じないかは、あなた次第」ですが……。

 現代につながる清酒の醸造法を確立したのは、伊丹だったのです。

AI君さあ…もうちょっと漢字がんばって(AIイラストだよ)

 次に、品質に裏付けられた評判と宣伝の効果も大きかったでしょう。

 もともと天領で物資の集散地だった伊丹、1661年から五摂家筆頭の近衞家領となりました。

 「近衞家御用達」や「将軍御膳酒」のブランドイメージ戦略も大きく寄与し、伊丹酒は格式の高い酒となったのです。

 八代将軍徳川吉宗公の御膳酒となるだけでなく、赤穂浪士や幕末の国士たちにも愛され浮世絵にも描かれた「剣菱」。昭和初期に灘の御影に移転するまで、伊丹の酒蔵でした。

市章も近衞家に由来(伊丹市シティプロモーションサイトより)


 また、酒造りに欠かせない水も決め手だったかもしれません。

 伊丹の市街地は伊丹台地のへりにあり、台地の上で井戸を掘れば武庫川の伏流水が、台地の下で井戸を掘れば猪名川の伏流水が得られます。仕込み水は、これらの伏流水だったはずなので、酒造りに深くかかわる水質の項目がわかるといいですね。

 実は、伊丹市の水道の原水は、武庫川、猪名川、淀川です。

 水道法第4条「水質基準に関する省令」で規定する52項目の水質基準には、酒造りのキーとなる「硬度」や「鉄」が含まれています。したがって、原水の定期水質検査結果を比較すると、何かわかるかもしれません。

武庫川の硬度は比較的高い(伊丹市上下水道局ホームページ資料を加工)

https://minekyo.net/pages/7/より

 武庫川は酒造りに適した中硬度であることがわかります。猪名川も分類としては軟水ですが比較的高くなっています。

  もっとも、現在の河川水と当時の伏流水の水質が同一なわけはありませんが……当時の仕込み水も淀川水系の他の街よりは硬度が高めであったとの類推はできそうです。

 ちなみにですが、西宮の「宮水」は硬度が100を超えながらも、鉄は限りなく少なく酒造に最適とされています。

 

 加えて伊丹は、西国街道、有馬街道、神崎港に近く交通に恵まれたことから、酒樽を馬の背に載せて運ぶコストも抑えられました。

 

■なぜシェアを落としたのか

 こうして、品質と技術、ブランド力、水質に恵まれ、輸送コストも安価な伊丹酒は、京都、大坂、江戸で最も消費された酒だったのです。

 そう、現在の「灘五郷」のルーツとなった「新三郷」が出現するまでは……。

 2026年現在、伊丹市内の酒造メーカーは2社のみ、かつての酒都も今はよくある郊外都市のひとつです。

 次回は、伊丹酒から覇権を奪った、あまりにも条件が良すぎる「江戸時代の臨海工業地帯」灘五郷の秘密に迫りたい。

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(関連記事)甲類焼酎の割水は、軟水が良いみたい

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(参考)

・現在の酒造年度は、7月1日~翌年6月30日(1965年までは10月1日~翌年9月30日)

・日本酒の日とは?

・濁酒から清酒へ~伊丹酒興隆の歴史と共に~ | 伊丹酒造組合

・創業〜伊丹酒の発展(室町後期〜江戸中期) | 剣菱の歩み | 剣菱酒造株式会社

・「近世灘の江戸積み酒造業」(石川道子)https://www.city.kobe.lg.jp/documents/60534/tokusyu-nadanosyuzogyo.pdf

・ひょうご水百景 No.54 駄六川(伊丹市) ~“丹醸”伊丹の酒、駄送りから舟運へ~https://hyogo-waterscape.com/wp-content/uploads/2026/05/ae620f76582cc0f3782d6c74fac4035b.pdf

・産総研地質調査総合センター「天満砂礫層と伊丹礫層」https://www.gsj.jp/data/chishitsunews/85_04_04.pdf

・別紙 地理的表示「伊丹」生産基準|国税庁

・令和8年度水質検査結果/伊丹市上下水道局

・Q&A集|一般社団法人日本ミネラルウォーター協会(公式ホームページ)|普及|調査|研究

【三ツ矢サイダーもウィルキンソンも】なぜ阪神間には炭酸泉が多いのか?

炭酸水で、シュワっと爽やか(AIイラストだよ)

■縦読みマンガで、三ツ矢サイダーとウィルキンソンを使った、「当地ハイボール」をご紹介!

 まず深く知りたい方はこのまま本文をどうぞ!

amazingkantoplain.hatenablog.com

 

■炭酸水はどうやってできるの?

 「三ツ矢サイダー」と「ウィルキンソン タンサン」。
 ハイボールブームの現在、全国で飲まれている二つの炭酸飲料ですが、その歴史をたどると、どちらも兵庫県南東部のいわゆる「阪神間」と呼ばれる地域に行き着きます。

 これは単なる偶然でしょうか?

 

 この地域には、炭酸泉が点在しています。

阪神間周辺の炭酸泉(地理院地図を加工)

 炭酸泉に含まれるシュワシュワっとした気体は、炭酸ガス(二酸化炭素)ですよね。

 個々の泉源の炭酸ガスの由来については、同位体の分析などによる詳細な研究が俟たれるところです。

 フィリピン海プレート上に存在したかつてのサンゴ礁が、ユーラシアプレートの下に潜り込んで熱分解されることで発生する、という説が考えられています。

(超ざっくり)炭酸ガス発生のメカニズム

 そして、炭酸ガスは地表付近で圧力が解放されるとともに地下水に溶け込み、炭酸泉として地表に湧出します。

(超ざっくり)炭酸泉のでき方

 通常、炭酸泉そのものをボトリングしません。炭酸ガスのほかに、鉱物や塩分を含んでいることが多く、そのままでは飲めたものではないからです。

 なので、福島県金山町に湧く「天然サイダー温泉」は、そのまま飲める天然炭酸水として貴重な存在です。

■ローカル鉄道の救世主「三ツ矢サイダー」

お互いが相手を必要とした三ツ矢サイダーと能勢電(地理院地図を加工)

 江戸時代にはすでに湯治場として廃れていた平野鉱泉でしたが、近隣の多田銀山の権益を有していた三菱財閥が「平野水」という名で炭酸水を製造していました。

 1907年(明治40年)、経営者が変わるとともに砂糖やカラメルを添加してサイダーとして売り出しヒットしました。これが「三ツ矢サイダー」となります。「三ツ矢」の名は、近くの多田神社の縁起が由来です。

 ちょうどそのころ、山深い能勢(大阪府北西部)に座する日蓮宗の聖地「妙見山」参拝と産品輸送を目的とした鉄道が開通しました。そう、現在の能勢電鉄妙見線です。

 山間部を走ることから開通前後で経営不振に見舞われましたが、三ツ矢サイダーの輸送に救われます。より多くのサイダー輸送を見込んで、川西能勢口駅から官営鉄道の貨物輸送に便利な川西国鉄前駅まで、700メートルほどですが延伸もしています。

 こうして、生産のみならず輸送の面でもアドバンテージを得て、全国で親しまれるサイダーとなったのです。

 ちなみにですが、最初に提示した地図「阪神間周辺の炭酸泉」で最北端に位置していた「籠坊温泉」で採取した炭酸ガスも三ツ矢サイダーの製造に使用されたようで、現在でも井戸が残ります。

 

■ハイボールブームで復活「ウィルキンソン タンサン」

福知山線の車窓から見えたハーフティンバー様式の宝塚工場(AIイラストだよ)

 強炭酸、赤いラベルに白抜きのロゴが印象的な「ウイルキンソン タンサン」。炭酸飲料を「タンサン」と呼ぶのは、1893年にウイルキンソンが「TANSAN」を商標登録したことに由来します。

宝塚に集中するウイルキンソン関連施設(AIイラスト、地理院地図を加工)

 実はウイルキンソン、歌劇で有名な宝塚周辺で発展しました。

 歌劇団が成立するよりも前、まだひなびた温泉だったこの地で、神戸在住のイギリス人が、狩猟の最中に炭酸泉を発見し瓶詰め工場を設けたことから、ウイルキンソンの歴史は始まりました。

 販売促進のため工場見学を積極的に受け入れ、そのためのホテルまで設けました。

 その後すぐに紅葉谷工場は手狭になり、(ややこしいですが現在の西宮市生瀬に)宝塚工場を設け、生産規模を拡大します。

 製品の出荷も、牛による荷車から、鉄道貨物へと近代化されました。宝塚工場から有馬街道の生瀬橋を渡るとすぐの惣川駅は、もともとウイルキンソン専用貨物ヤードでした。

 
 1990年に宝塚工場は閉鎖され跡地はマンション群となりました。アサヒ飲料傘下となっていたウイルキンソンも市販品では存在感がありませんでしたが、折からのハイボールブームの追い風を受け、現在では普通にスーパーの棚に並んでいます。

 そして2018年には、ウイルキンソン タンサンを使用したご当地ハイボール「宝塚ハイボール」も誕生しました。

 公式レシピは、スミレとバラのリキュール「BOLS」、「ブラックニッカリッチブレンド」、「ウィルキンソン タンサン」らしいですよ。

見た目が綺麗だよね宝塚ハイボール(AIイラストだよ)

 

■阪神間の炭酸文化は偶然ではない

 阪神間から複数の炭酸飲料文化が生まれたのは、単に炭酸泉が湧いているというだけでなく、それを発見した目利きの存在、貿易港へのアクセス、輸送のコストを劇的に下げた交通網、いわゆる「阪神間モダニズム」と呼ばれる成熟した消費文化がありました。

 地質が水を生み、水が商品を生み、鉄道と都市がブランドを育てたのです。

 三ツ矢サイダーとウィルキンソンは、ともにこの流れを受け継いで、現在まで愛されています。

 

■この話を誰かに紹介するなら…
 すぐ読める、縦読みマンガ版もどうぞ。
 家族や友人に共有するなら、マンガ版がおススメです。

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(関連記事)阪神間は銘醸地も多いよね。水質も大事だね

amazingkantoplain.hatenablog.com

 

(参考)

・技術教育学の探究 第25号 2022年3月「明治期炭酸水製造所の建築史 -ウィルキンソン炭酸工場を事例に- 」川島智生 https://nagoya.repo.nii.ac.jp/records/2002224

・ “「ウヰルキンソン タンサン」の発売”. アサヒ飲料. 2023年1月13日時点のオリジナルよりアーカイブhttps://web.archive.org/web/20230113051713/https://www.asahiinryo.co.jp/entertainment/asahiinryohistory/pdf/brand/wilkinson/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%B301_220829.pdf

【縦読みマンガ】阪神間に湧く炭酸泉でご当地ハイボールを飲もう!

はじまるよ~(全部AIイラストだよ)

 

 ではなぜ、三ツ矢サイダーもウィルキンソンも、阪神間で生まれたのか。
 そこには、壮大なプレートテクトニクス、炭酸泉、鉄道、阪神間の都市発展が関係していました。
 図面や地図を見ながら、答えを知るには…

amazingkantoplain.hatenablog.com

 

 


(関連記事)

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(参考)

・Webtoonの描き方を5ステップで解説!スマホで読まれるサイズとコマ割りの基本

・スーパーニッカ|商品紹介|NIKKA WHISKY

・三ツ矢サイダー|アサヒ飲料

・宝塚ハイボール|宝塚市公式ホームページ

・宝塚ハイボール、誕生! 宝塚ホテル監修、アサヒビール協力にて開発 | BRALI 宝塚

【キンミヤ焼酎】味の決め手は地質と地形が育んだ超軟水!?

もつ焼きとサワーのペアリング(左:宮崎本店公式サイト、右:AIイラスト)

 下町の酒場文化の象徴、キンミヤ焼酎。その味の決め手は、三重県の地形と地質だった──

 

■下町で愛されるあの甲類焼酎は三重県四日市出身

 東京の下町で、氷をカランと鳴らしながら飲む、キンミヤ焼酎。ホッピー、レモンサワー、緑茶ハイ……どんな割材にも寄り添う甲類焼酎として愛されている。

 しかしその製造元は、東京から遠く離れた三重県四日市市の老舗・宮崎本店。

 キンミヤが下町で愛される秘密、その答えは「地形と地質」に深く結びついている。

 

■スピリッツは宝焼酎と同じ?

 連続式蒸溜機で精留された甲類焼酎は本来クセが少ないが、キンミヤはその中でも群を抜いて「すっきり」している。

 「キンミヤはきっと特別な蒸留をしているから美味しい」、そう思っている人がいるかもしれない。

 キンミヤ焼酎には、周辺に30社以上あった同業者に先駆けて、1930年にドイツより最新の連続式蒸溜機を導入することで、戦前の統制下を生き延びた、という逸話がある。

 古くからの連続式蒸溜機を使い続けているから、美味しいのかな?ニッカのカフェ式みたいに。

 

 参考資料とした訪問記事によれば、キンミヤのスピリッツは、近鉄名古屋線を挟んで西側にある宝酒造の楠工場への製造委託とのことだ。

 原料は廃糖蜜由来の粗製アルコールで、高性能なスーパーアロスパス蒸留機によって精製されたスピリッツは宝焼酎と同じ。

宮崎本店と宝酒造楠工場の位置関係(地理院地図を加工)

頭一つ抜けている宝酒造楠工場の蒸留棟(Googlemapより)

 つまり、キンミヤの「すっきり感」は蒸留技術の差ではなく、水の差で決まるらしい。

 

■味の決め手は“ほぼミネラルゼロ”の超軟水

 公式サイトでも強調されているように、キンミヤの最大の特徴はミネラル分がほとんど含まれない超軟水の仕込水。

 雑味がなく、素材の香りを邪魔せず、割材の個性を引き立てるのが、この水だ。

 

■“ミネラルゼロの水”を生む鈴鹿山脈の花崗岩

 その大切な「水」は、敷地内の井戸で地下150mから汲み上げている。この地下水(伏流水ではない)は、20㎞西の鈴鹿山脈から、広大な水沢扇状地の下をくぐり抜けてやってくる。

周辺の地質図(地理院地図を加工)

 水源の鈴鹿山脈は花崗岩の岩体。地下深くでゆっくり冷えて固まるため結晶が大きい花崗岩地帯の湧水は軟水になりやすい。

 軟水の代表的なミネラルウォーター……例えば、六甲のおいしい水、白州の天然水などが挙げられる。

 その軟水が、水沢扇状地の地下を移動し、さらに磨かれる。つまり、花崗岩と扇状地という「地質」と「地形」の組み合わせが、キンミヤの味を決定づけている。

 

■実は名水百選にも選ばれた水沢扇状地の伏流水

 同じ四日市市内にある智積養水。

 名水百選にも選ばれているこの用水の水源は、水沢扇状地の北側を流れる三滝川の伏流水が湧き出す、蟹池だ。

amazingkantoplain.hatenablog.com

 

 キンミヤはただの「下町で愛される甲類焼酎」ではない。地質と地形が生んだ奇跡の製品なのだ。

 

 ちなみに、宮崎本店は地ウイスキーも製造している。割水は同じ井戸の水らしい。飲んでみたい?

ちょっと気になる地ウイスキー(宮崎本店公式サイトより)

(関連記事)逆に硬水のほうが日本酒の醸造には良いんだって

amazingkantoplain.hatenablog.com

 

(参考)

・「宝焼酎」のおいしさを支える“真っ白なキャンバス”とは。限りなくピュアなアルコールづくりへのこだわりを探る! | 宝ホールディングス株式会社

・三重の酒蔵巡り報告 日本酒文化研究会

・宝焼酎「NIPPON」| 焼酎 | 商品紹介 | 宝酒造株式会社

・株式会社 宮﨑本店 | 宮の雪・キンミヤ焼酎

・三重の食結び | 特集記事

・キンミヤ焼酎はここで造られている!宮崎本店とは – Syupo [シュポ]

・酒場ブームを支える焼酎「キンミヤ」はなぜ愛される?目指すのは「呑兵衛の笑うところにキンミヤあり」|ウォーカープラス

・「三重県四日市市周辺の扇状地・段丘一とくに中位段丘(御館・坂部段丘)の形成時期について」吉田史郎 地質調査所月報 第34巻第10号 1983年https://www.gsj.jp/data/bull-gsj/34-10_02.pdf

グレーンウイスキー蒸溜所を解き明かす 3 ──三楽オーシャン川崎工場

軽井沢蒸溜所は行ってみたかったなあ(AIイラストだよ)

 ブレンデッドウイスキーの「縁の下の力持ち」───グレーンウイスキー。


 日本の大手メーカーが保有したグレーンウイスキー専用蒸溜所は、歴史を通してもわずか3か所しかない。

 観光地化された蒸溜所とはまったく異なる、港湾・工業地帯・化学プラントの片隅にひっそりと存在し、一般公開されることもなかったり、人知れず廃止されたり、あるいはブランドごと姿を消していった場所も。

 それでも、日本のブレンデッドウイスキーの味を下支えしてきたのは、まさにこれらの「影の蒸溜所」たちだ。

 今回、公開情報で読み解くのは───ブランドそのものが既に姿を消した、三楽オーシャン川崎工場だ。

 

 ※おっと、オーシャンラッキーゴールドは、まだ健在だね

amazingkantoplain.hatenablog.com

 

■ 消えた「オーシャンウイスキー」

 国内最大手のワインメーカー「メルシャン」、実は2000年代までウイスキー事業も手掛けていた。詳しくは上のリンクを読んでもらえるとありがたい。

 1985年までは社名も「三楽オーシャン」であり、「オーシャンウイスキー」は国内三番手のウイスキーブランドだった。軽井沢の隣町、長野県御代田町にモルト蒸溜所を、神奈川県川崎市にグレーン蒸溜所を有し、ピュアモルトもブレンデッドも製造できる体制を整えていた。

サントリーオールドやニッカG&Gに対抗した、スペシャルオールド オーシャンSP

 御代田町の「軽井沢蒸溜所」は、原酒が国際的に高く評価されたことで、伝説の蒸留所となった。しかし、グレーン蒸留所である「川崎工場」はほとんど注目されていない。ニッカと同じ「カフェ式連続蒸留機」でカフェグレーンを製造していたにもかかわらず、だ。

川崎カフェグレーン フラスコボトル(販売店の許可を得て撮影)

飲みてえ…  買えるもんならね(AIイラストだよ)

 

■ グレーンウイスキー製造工程

 まずは簡単なおさらい。

グレーンウイスキー製造工程(AIイラストだよ)

 グレーンウイスキーは、①トウモロコシなどの穀物由来のデンプンを、②大麦麦芽の酵素で糖化させ、③これを酵母で発酵してできた低アルコールの液体を、④連続式蒸溜機で蒸溜することで得られる高濃度のアルコールを、⑤数年間樽で熟成させることで生まれる。

 

■三楽オーシャン川崎工場を仮想散策

 場所は神奈川県川崎市川崎区。川崎大師や川崎競馬場からもさほど遠くない、多摩川と幹線道路に囲まれた工業エリア。

 広大な味の素の工場の一角に、幻の三楽オーシャン川崎工場があった。

 もともと、味の素の製造過程で発生する廃液からアルコールを製造することを目的として、1935年に操業開始した工場である。

 戦後は技術を活かして、化学合成品、飼料、各種和洋酒類を製造していたが、三楽という合成清酒が飛ぶように売れたので、社名も三楽酒造となった。さらなる業容拡大のため、1962年にウイスキー業界の風雲児オーシャンを合併し、三楽オーシャンが成立。

今なお残る「三楽」ブランド(キリンホームページより)

周辺図(国土地理院 空中地図を加工)

 ニッカが西宮工場にカフェスチルを導入した6年後の1969年、三楽オーシャンも川崎工場でカフェスチルを稼働させ、スコッチタイプのブレンデッドウイスキー製造に乗り出した。

推定される三楽オーシャン川崎工場平面図(国土地理院 空中地図を加工)

■ 推定される工場の姿

 敷地は南北50メートル、東西300メートル。西側にはタンク群、中央には戦前からある蒸留棟と煙突、東側には正門と事務所棟。

 ただし、先述の通りここではウイスキー以外も製造していた。このため、仕込み棟、発酵タンク、そしてカフェスチルの特定は、航空写真だけでは難しい。

 熟成は当初、旧三楽が建てたものの、オーシャンとの合併後すぐに閉鎖したモルト蒸溜所の跡地で行われたようだが、その後は川崎工場内で熟成させていたらしい。

メルシャンのワインセラーとなった三楽山梨蒸溜所跡(Googlemapより)


 航空写真を見る限り、川崎工場は2002〜2004年の間に製造設備が完全に撤去され、跡地は味の素の研究所になっている。

 

■ 失われたブランド、幻となった蒸溜所

 もし、どこかでオーシャンのオールドボトルに出会えたら、在りし日の川崎工場や、河港水門の姿を思い浮かべながら味わうのも、一興かもしれない。

 

 「グレーンウイスキー蒸溜所を公開情報で読み解く!」シリーズは、これにて完結。

  全部読んでくれた?

amazingkantoplain.hatenablog.com

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 しかし、日本の酒造史には、まだまだ語られていない場所がある───

 

(参考)

・日本醸造協会誌〈醸家銘々伝〉東京都・中央区 三楽オーシヤンhttps://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan1915/77/9/77_9_612/_pdf/-char/ja

・オーシャンの系譜(22) 三楽酒造 川崎工場跡を歩く。 - sakedori

・河合忠「ウイスキー・ラベル物語-22」モダンメディア52巻6号(2006)https://www.eiken.co.jp/uploads/modern_media/literature/MM0606-05.pdf

・はまれぽ「川崎にかつて存在した「ウイスキー蒸留所」の歴史とは?」https://hamarepo.com/story.php?page_no=1&story_id=5193

・副材料「アルコールのできるまで」協和醸酵(株)木下敏昭https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan1915/66/8/66_8_769/_pdf